No buy bye-bye Birth year camera

自分が生まれた年に製造されたカメラをバースイヤーカメラ(Birth year camera)という。

人生100年時代と謳われる昨今だけど、個人的に人生の長さといえば80年と言うほうがしっくり来るので、40歳になっていよいよ人生の後半戦がスタートしたらこのバースイヤーカメラを買い、目に映るものを記録しながら残りの人生を過ごしていくのも悪くないと思っていた。

しかし、先日39歳の誕生日を迎え、人生の折り返し地点となる40歳までもう一年を切ったこのタイミングで改めてバースイヤーカメラについて考えみたのだが、考えれば考えるほど、こう考えてしまう。

「これ、面倒くさくね?」、と。

そう、まずお気に入りのカメラを見つけて、そこから製造番号を調べて、さらにその番号から製造された年を割り出すとか、考えただけでも面倒くさいのである。製造番号を調べるだけならボディを見れば済む話なので大した労力ではないが、製造番号から製造年を割り出すというのが、どれだけ考えてもやっぱり面倒くさい。

たとえばニコン・キヤノン・ライカといった有名所なら手掛かりもそれなりにあるだろうが、少しでもマイナーなメーカーになれば、その情報量が大幅に減るのは目に見えているし、それを調べるために一日中パソコンとにらめっこするなんてのは御免だ。

そんなことをしている暇があるならさっさとフィルムを入れて、一枚でも多く撮ってきた方がいい。調べ物なんてしたところで、どうせすぐ嫌になって『あぶない刑事』とか見始めるに決まってるんだ。40年も生きていればさすがに自分がどんな性格で、どんな行動を取るかくらい分かっている。

時間は有限だ。こうやってモタモタしている間にも、体はどんどんと老い、疲れは抜けにくくなり、肩は上がらなくなり、膝はポキポキ鳴り、白髪は増え、お肌は水を弾かなくなる。ああ恐ろしや。

などとやっている内に、すっかりバースイヤーカメラを探すのが面倒くさくなってしまったのだが、バースイヤーにかこつけてカメラを買いたい気持ちがあるのは事実。

バースイヤーカメラを探すのは面倒くさいけど、バースイヤーな感じは味わいたい。

そこで、僕の誕生年(1983年)に製造されたカメラを探すのではなくて、誕生年に発表されたカメラを探すことにした。

そして見つけたのがPENTAX super Aというカメラだ。

1983年に発売されたこのPENTAX super Aは、PENTAX初のマルチモードAEを搭載。その年のヨーロピアン・カメラ・オブ・ザ・イヤーを受賞するという華々しい経歴と話題で今なお人気のカメラである、とグーグル先生が仰ってた。

とりあえず存在を知ってしまったからにはもう40歳を待たずに今すぐ欲しくてたまらないのだが、探してみると意外と見つからない。ネットショップを見れば何点かは目にするが、中古カメラ店の店頭でお目にかかることが全くなかった。

と、いうのも実はこのPENTAX super Aというカメラ、KAマウントというKマウントに電子接点を点けたマウントを採用していたり、シャッター周りも電子化されていたりと、機械式カメラから電子式カメラへと移り変わるその最初期のカメラである。これが何を意味するかというと、簡単に言えば「修理部品が無い」の一言に尽きる。

今から40年前の電化製品(たとえばテレビやオーディオ機器)を修理に出しても「あいにくもう部品が無いんです」と言われるのは想像に難しくないが、PENTAX super Aもこれと全く同じで、修理するための部品がない、だから修理されたものが出回っていない、という至極当たり前の時代による淘汰が行われていたのだ。

もっと昔の電源を必要としない機械式カメラであれば、各部所をしっかりメンテナンスしていれば半永久的に使えるし、どうしてもパーツが無い場合には金属を加工して自作してしまうことも可能だが、40年も前の(今はもう製造されていない)電気パーツが壊れているとなると、それはもうお手上げに近いのである。

ここで結論を言うと、PENTAX super Aはあった。最近の若い人には馴染みがないかもしれないが、少し前は町の時計店や貴金属店なんかも中古カメラを扱っていて、令和の時代にホームページも持っていないような、そんな小さなお店にPENTAX super Aはあった。

製造番号を辿ればもしかしたらこいつは1984年に作られたものかもしれないし、1985年かもしれないけど、この際そんな小さいことは無しだ。とにかく1983年に発表され、僕と同じだけ時を刻んできたカメラはそこにポツンと売られていた。

だが、肝心のカメラの状態は分からない。

店主に聞いたところ「お客さんが持ち込んできたものを買い取り、そのまま販売している」とのこと。一見したところ外観は綺麗だが、最後に修理されたのがいつなのか、今はどんな状態なのか、シャッターは切れるのか、不具合はないか、そういったことは何も分からないという答えだった。

ここは決して中古カメラ店ではない、ただの昔からある時計屋だ。どんな状態かを把握していなかったからといって店を責める気はない。ただし、だからといって躊躇なく買うには正直勇気がいるのも事実だ。

もし、まともに動作しなかったら?数日動いたとしても一ヶ月で壊れたら?もっと言えば、これが大当たりの一品だったとしてもいつかは必ず壊れるだろう、その時一体どこの誰がこいつを修理してくれる?

事前に多くのカメラ修理を営んでいるお店に問合せてみたが、やはりPENTAX super Aを取り扱っているお店は少なかった。

結局、状態の分からないPENTAX super Aを見つけてから、丸々10日間悩んだ。

僕は、自分のカメラを最も愛しく想える時というのは修理から返って(帰って)きた時だと思う。しばし自分の手元を離れていたカメラが、きちんと手入れをされて、まだまだ使える道具として再び自分の掌に返ってきた時、思わずカメラに頬ずりし、キスしたくなる、ていうか実際する。

しかし、このカメラに関して言えば、そう出来る保証はない。先ほども書いたように電気系統がイカれたら恐らくその時点でアウトだろう。そして、それはいつ訪れるか分からない。さらに、このカメラを直せる修理業者もこれから確実に減る一方だ。

だからといって、せっかく買ったカメラを押し入れに仕舞い込む気はない。カメラとは写真家の道具であり、写真を撮るためのものだ。使って、使って、使い込んで、使い倒してなんぼの「道具」なのだ。僕にとってカメラとはそういうものである。断じて防湿庫に眠らせておくものでも、ましてや戸棚にディスプレイしてうっとり眺めるものでもない。

手入れをして、長く使ってこその道具、、、しかし、長く使い続けるために肝心の手入れがこれからどんどん難しくなる。

結局、10日間悩んでPENTAX super Aの購入は見送ることにした。

残念な話だが、これからも長く使い続けられるカメラではないと判断したのがその理由だ。

たったひとつ、何かたったひとつ当時の部品が足りないだけで動かないなんて、いつの時代も各社がたゆまぬ努力を積み上げ、今なおめざましく発展を遂げ続けているからこその皮肉な現実と言えるのかもしれない。

1983年に生まれた人間はまだまだ働き盛りであるが、電子式カメラは決してそうではない。各メーカーの技術者たちが産み出した素晴らしき後継機たちに道を譲り、ある個体は中古カメラ屋に、ある個体は誰かの家の押し入れに、そしてある個体はジャンク品へと姿を変え、一台、また一台カメラとしての天寿を全うしていく。

漠然と憧れていたバースイヤーカメラに、図らずしも40年の歳月がもたらした栄枯盛衰を見た次第である。

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